イギリスがフルームに戸惑い、ゲラント・トーマスは祝福できた理由

英語による自転車ロードレースのポッドキャスト番組では最大手である『The Cycling Podcast』にて、イギリス国内でのゲラント・トーマスとクリス・フルームの報道の違いについて話していたので、翻訳しました。

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リチャード・モーラ(スコットランド人ジャーナリスト/元プロ選手):

ゲラント・トマスがツールで総合優勝を果たした。

正直、彼がマイヨジョーヌを着用した時、このセリフを言えるなんて想像していなかった。さらに言えば、ラルプ・デュエズで彼が勝利した時でさえ、僕はあまり現実的だと思っていなかったんだ。

期待はしつつも、ゲラント・トマスにはバッド・デイが訪れたり、集団から遅れたり、落車したりすると思っていた。モビスターの誰かが、クリス・フルームが、トム・デュムランが追い抜いていくのだと思っていた。でも彼は、力を見せた。

僕は、トマスの総合優勝を報じるイギリス国内の新聞やテレビ番組をみていて、個人的にそのトーン(雰囲気)がフルームの時とは全然異なって見えるんだ。

 

それはゲラント・トマスのウェルシュさにあると思っている。彼にはウェールズという母国とアピールできる国がある。一方で、フルームの国民性はもっと複雑だ(ケニアで生まれ、その後南アフリカに移住したが、2008年からイギリス所属として活動している)。

もちろんその理由はトマスの人間性にもあるだろう。とても素直だし、ドライなユーモアもあるし、なにより普通っぽく、感情移入がしやすいからね。それに傲慢さが微塵もない。

また、彼がここまでくるのに段階的にステップアップしていった過程もあるだろう。逆にそれが彼への才能の評価を難しくしたのかもれないけど。

ゲラント・トマスが21歳、最初のツールを走った2007年を思い出してみると、彼がツールでベンジャミン(最年少)だった時だ。

だが、彼の周りでは騒ぎはあまり起こっていなかった。

なぜかというと、彼があまりにもすべてを上手くこなしていたからだ。まるで、なんでもないように走っているようだった。第2週目のモンペリエでのステージで、集団の前を引いていたのは21歳のゲラント・トマスだった。そして、ロバート・ハンター(南アフリカ人として初のツール勝利を果たしたスプリンター)が勝利したんだ。

そんなゲラント・トマスは、騒ぎとは無縁の雰囲気を醸し出していた。

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また、彼は、取材対象としても非常に接しやすい選手だ。2015年ツールで、総合4位につけて数日間たったアプルスで、トマスはバッド・デイを迎えた。総合順位で10位圏外に落ちてしまったんだ。つまりポディウムのチャンスを逃してしまった。普通の選手がそんなにビッグチャンスを逃したのなら、取材を断るだろう。しかし、トマスは立ち止まって、客観的な視点から笑いを交え、取材に答えてくれたんだ。

フランス人ジャーナリストは「ツールで総合優勝するには、性格が悪くなくてはならない」と言っていたが、ゲラント・トマスは他の選手や、このスポーツに関わる人に印象を聞くと、彼がどれだけ人気者で、他のチームからも”彼が勝利にふさわしい勝者”だと口々に答える。

それが、彼の勝利を、これだけ多くの人々が祝福する理由であると思うんだ。



 

ライネル・バーニー(イングランド人ジャーナリスト/元CyclingWeekly記者):

今回のツールの放送内で、僕たちがなぜこれだけ多くゲラント・トマスのバッド・デイや落車などに言及してきたかというと、彼の過去が関係しているんだ。

彼のキャリアが、あまりにも不運の連続だからだ。

まだジュニアだった時、トラック競技の準備の為訪れたオーストラリアで不運な事故が起こった。彼は脾臓(摘出による影響は日常生活においてはほとんどない)を摘出しなければならなかった。練習中に…そんな不運なんてありえるだろうか?

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その後、五輪が終わりロードレースに注力し始めた2013年ツールのプロローグで落車し骨盤を骨折。それにも関わらず、トマスはそのステージを走りきった。それは彼がどれだけタフかを示すものだろう。

また、2014年のコモンウェルスゲームズ(イングランドやオーストラリアなどイギリス連邦に属する国や地域が参加して4年ごとに開催される総合競技大会)のとき、もう勝利が目の前という残り4、5km前でパンク。ニュートラルカーが対応にあたったが、その作業があまりにも遅すぎたんだ。いつ後続の姿が見えてもおかしくない状況だった。しかし、その時のゲラント・トマスの落ち着きと言ったら、驚くほどだった。無事に勝利することができたのだが、彼のキャラクターを象徴するシーンだった。

そして、昨年にやっと回ってきたグランツールのエースという大役は、同じチームだったミケル・ランダ(現モビスター)とともに挑んだが、ここでも落車。

その後、フルームのアシストとして走ったツールでも第9ステージでも落車し、そのまま棄権してしまった。第1ステージではじめてのマイヨジョーヌを着用した後だったから、その落胆ぶりは激しいものだったと想像できる。

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ジョナサン・ヴォーターズが数年前、ゲラント・トマスの獲得に動いたことがあったんだ。しかし、ジョナサンは、トマスはスカイで、誰かの為に働いて、スポットライトの当たらないプレッシャーのない環境で走ったほうが良いという意見を、汲み取ったから諦めたと言っていた。

それは間違っていたようだね。

今回のツールはほぼ完璧なレースだった。たしかにツールを総合優勝するにはある程度の運が必要と言われるが、これは別に彼が特別、幸運だったからではないだろう。

この運は、ゲラント・トマス自身が作り出したものだろう。彼の自信と、確信によるものだ。そして自分自身がとてもとても良いコンディションだという自覚、そして「こんな機会は人生で二度と訪れないかもしれない」という意識によるものかもしれない。

 

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・翻訳した音声はコチラ↓

・この『The Cycling Podcast』が今年一冊の本になった↓