全てがサイモン・イェーツに味方していた。
ブエルタの参戦が予定されていた昨年優勝者のクリス・フルームが欠場、事前のオッズでは1位だったリッチー・ポートも序盤から総合順位を諦め、2010年王者ヴィンツェンツォ・ニバリや、2015年の王者ファビオ・アルも明らかに精彩を欠いていた。
最大のライバルとなったモビスターのキンタナとバルベルデも、誰がエースあるかを先延ばしにしたツケが回り自滅していった。
さらにブエルタ第19、20ステージはサイモンの住んでいるアンドラの、ホームグラウンドと言ってもいいほど熟知したコースで行われた。
そして、最強にして信頼する双子の弟・アダムのアシスト。
グランツール”初”制覇という事実がなければ、強き者が危なげなく3週間をマネジメントし勝つべくして勝った盤石の総合優勝に見えた。
しかしその裏には、ミッチェルトン・スコットというチームの覚悟があった。
押し殺すサイモン
「今朝はいままでで一番緊張していた」
前日の第19ステージで総合2位のバルベルデと1分38秒差をつけ、総合優勝を眼の前にしてもなお気が張っていたというサイモン。
「混沌とする(第20)ステージになるのはわかっていた。脚がどう反応するか、何が起こるかわからない。でもありがたいことに、脚は良かったし、チームは信じられないほど良かった」
第20ステージ当日の朝5時にミッチェルトン・スコットが宿泊する近くで暴動が起こり、チーム全員が叩き起こされるトラブルにも動じなかった。
サイモンはこのブエルタを通じ、メディアに対して感情を抑え、自身の置かれた立場を客観的に、分析的に言葉にしていた。それは自分自身に「驕るな」と言い聞かせているように見えた。
そのためインタビュワーにとって、マイヨ・ロホを着用した第9ステージ以降のサイモンの言葉は歯切れが悪く、感情を引き出せず苦労している姿が、レース後インタビューで度々映し出されていた。
だからこそ、マドリードでの表彰式を終え興奮するサイモンに対するインタビュワーの第一声が、
「サイモン。これで思う存分本当の気持ちを話せるだろう?」
だった。
グリーンエッジの変容
ミッチェルトン・スコットはチーム発足以来、初めてとなるグランツール制覇を果たした。
別府史之も所属していた2012年の創立当時は、オーストラリア人のサイモン・ゲランスとマシュー・ゴスを中心に据えたワンデーレース型のチームだった。
しかしチャベスの成長や、イェーツ兄弟の獲得などによって、徐々に総合順位を狙うチームへと変容していく。
それを象徴するように今季ツールではメンバー入りが確定していたカレブ・ユアンを外し、アダムの総合狙い一本で挑んだ。アダムの結果こそ振るわなかったが、総合順位を争うチームであることを内外に印象づけた。
今回のブエルタでも、直近のヨーロッパ選手権でチャンピオンジャージを獲得したトレンティンが、翌日マドリードでのスプリント勝利の為に脚を溜めるのではなく、第20ステージでも積極的に集団を引いた。
温存していた秘密兵器
「強い選手ばかりの中で、アダムが最後に素晴らしい働きをしてくれた」
最終決戦となった97.3kmの第20ステージ前半、2016年優勝者のキンタナがアタック。
その後、残り38km地点の1級山岳ベシャリス峠で総合5位のミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア)がチームメイト共に仕掛けた。
取り残されたかに見えたサイモンだったが、ジャック・ヘイグが仕事が終えた後、託された弟アダムがメイン集団をコントロールすると、その差はみるみる縮まっていった。
「9日間、後ろで休んでいたからね」
言葉通りアダムは1週目、2週目と山岳コースであっても集団の後ろに位置づけ、力を温存していた。
サイモン:「残り1kmで、僕たちは ”アダム” という秘密兵器を雇っていたからね。だから彼を最後まで残していたんだ」
これは、今季のジロでミケル・ニエベ(34歳/スペイン)によって行われていた作戦だ。
ニエベも同じくサイモンの山岳アシストとして3週目まで脚を溜め、サイモンのブレーキによってその役目は果たせなかったが、第20ステージで見事なステージ勝利を上げた。
アダム:「力はたくさん残せてこれた。(中略)毎日毎日苦しんでる選手に比べて、休息日がたくさんあればレースは簡単になる。他の選手たちよりも断然フレッシュだし、それがチームとしてアドバンテージだろう」
結果的に、2週間を最終山岳アシストとして力を使い果たし疲弊したジャック・ヘイグの代わりに、3週目はアダムが集団をコントロールした。
初采配という博打
今回のブエルタでミッチェルトンは、ジロやツールで指示を出していたマット・ホワイトではなく、今回初めてスポーツ・ディレクターとして指揮を取るジュリアン・ディーンが助手席からチームに声をかけた。
マット・ホワイト:「サイモンは本質的にはアグレッシブな選手だ。だから時々彼を抑えてなければいけない。」
昨日のサイモン・イェーツの一連の流れ。
1.サイモン・イェーツがアタック!!
2.チームカー「サイモンがアタック?!何?!マジで?!」
3.無線「サイモン💦冷静になれ、落ち着け💦」
4.レース後「サイモンはアグレッシブな選手だから抑えさせるのがホントに大変…」 pic.twitter.com/xWwfqqh8he
— Sorato | plenty of… (@If_So_Ara) 2018年9月10日
第15ステージで予想外のアタックをしたサイモンに無線で落ち着くよう指示を送るディーン
総合優勝が決まる第20ステージ。
集団を引いていたアダムの脚が終わったとみるや、サイモンはマス(クイックステップ)と共に集団から飛び出し、先行していたロペス(アスタナ)とキンタナ(モビスター)に追いついた。
キンタナがバルベルデのサポートの為に戻り、三人の先頭集団になった残り6.7km地点でサイモンに対し、ディーンはこう指示を送った。
via:Mitchelton-SCOTT公式Youtube動画
「もう一度言うぞ。ロペスとマスはポディウムを目指し走っている。だから行かせていい。わかったか?」
指示通りロペスとマスを見送り、自分のペースを守るサイモンへ、ディーンが再度声をかける。
via:Mitchelton-SCOTT公式Youtube動画
「とてもいいぞ。そのままペースをコントロールしろ。そのまま維持して、”冷静に”だ。すばらしいぞ」
その結果クイックステップのマスがステージ勝利を上げ、サイモンは23秒遅れの三位でフィニッシュした。
今回のブエルタでの戦略を、マット・ホワイトはこう説明する。
「ジロとは作戦が違うし、そもそも一緒に走る選手が違う」
「ジロでは(タイムトライアルが得意な)フルームとデュムランがいたから、タイムを稼げるときに稼がなくてはならなかった。でもここでは違う。トップ5、6は同じようなタイムトライアル能力だからね」
相反する感情
サイモン・イェーツはイギリス籍で2012年ツール・ド・フランスで総合優勝をしたチーム・スカイの誘いを断り、2014年にオリカ・グリーンエッジ(当時)に加入した。
その成長を、ここまで見守ってきた監督のマット・ホワイトとジュリアン・ディーンは、本心ではジロと同様に、サイモン本来の積極的な走りを、思うがままにさせてあげたかったはずだ。
それを表すかのように、第20ステージでマイヨ・ロホを確実なものにしたサイモンを確認した二人の表情は、あまりにも喜びが乏しかった。
via:Mitchelton-SCOTT公式Youtube動画
総合優勝を目指すチームは、多くのものを犠牲にしなければならない。今年から出場人数が1人減ったチームに、スプリンターであるカレブを連れていけなかったように。またブエルタでトレンティンに、エドモンドソンらをつけてスプリントで勝負をさせてあげられなかったように。
この勝利はサイモンだけではなく、アダムやチーム全体に自信をつけた。そしてオーストラリアのチームはグランツールの勝ち方を学んだ。
しかし、ミッチェルトン・スコットが毎ステージ公開するレビュー動画からは、それまでチームを形つくっていた底抜けに明るく、つねにお気楽な雰囲気が、グランツールの総合優勝という大きな成果の代償として失われていく過程を、映し出していたように思えてしょうがない。
via:Mitchelton-SCOTT公式Youtube動画
メカニック:「ブエルタで優勝したんだよ?!」
二人:「………」
via:Mitchelton-SCOTT公式Youtube動画
メカニック「でもね、最後の5km…」
via:Mitchelton-SCOTT公式Youtube動画
メカニック「緊張しすぎて****漏らしちゃった!!」
via:Mitchelton-SCOTT公式Youtube動画
サイモン・イェーツは来年、ジロ・デ・イタリアに出場し、あと一歩で逃してしまった総合優勝を目指す、と発表をした。