2017年12月の中頃、突如として噴出したクリス・フルーム(スカイ)のドーピング疑惑。4回のツール制覇、そしてツール・ブエルタのダブルツールを達成した転車ロードレース界の絶対王者ということもあり、大きな注目を集め、現在でもその動向が注目されています。
フルームの陽性反応が発覚したニュースはCNNにも取り上げられた。
さまざまな報道が飛び交う中、情報の少ない日本メディアにおいて、現時点で最も詳細かつ信頼性の高い記事(エントリ)が栗村修さんのブログになっています。
そんな複雑かつ理解のやさしくない本件を、2018年のツアー・ダウンアンダー第1ステージ中継内で、解説の栗村修さんと実況の永田実さんが説明・解説していたので、一部抜粋して書き起こしました。
JSprotsオンデマンドで再観できる方は「30:38」から始まります。
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永田実さん(以下敬称略):栗村さん、2018年がスタートしてざっくりしていますけど、どんな所に注目していますか?
栗村修さん(以下敬称略):あのちょっと暗い話になってしまうのですけど、クリス・フルームがこの後どうなってしまうのか。
これは2018年のサイクルロードレースを楽しむ上でもやはり外せないというか、可能性としてはツール・ド・フランスに出れないということも現状ではありますからね。
永田:サイクルロードレースファンの方はご存知の方が多いのかもしれませんが、去年のブエルタ・ア・エスパーニャ第18ステージが終わった後の尿検査で、クリス・フルームのサンプルから喘息を抑えるサルブタモールという成分、1000mgが基準なのですが、それの二倍が出て(検出されて)しまったという形です。またBサンプルからも同様の結果が出てしまったということで、現在はUCIからの処分、裁定待ちであるという現状です。
栗村:そうですね。このサルブタモールという喘息の発作を抑える薬で…
永田:これはよく使われている薬なんですよね?
栗村:そうですね。一般にも日本でも医師に処方されれば使えるものなのですけども。元々クリス・フルームが喘息なのはお馴染みですし、よくゴール後に咳き込んでいるシーンなんかも見れます。で、これまでもグランツール、ツール・ド・フランスなんかでも喘息が出たということは本人もインタビューなどで言っていますし、またこのサルブタモールの使用もこれはもう公然の事実というか、そういう所がありますね。
永田:キチッと申請をすれば使えるものである、と。
栗村:ちなみにサルブタモール自体は申請も不要なんですね。
永田:これは申請いらないんですね?
栗村:TUEも吸引薬に関しては不要で、錠剤などは使用禁止ですけど、(吸引薬は)申請不要で使えると言うところなんですよ。
永田:TUEというのは申請が認められれば使える(薬)…
栗村:(そもそもTUEとは)申請のことですね。
永田:あっ、申請のことなんですね。
栗村:えっと、禁止薬物を特別に使えるという申請のことをTUEという、
永田:量を定めれば使っていいですよ、と。
栗村:そうですね。量というか元々使ってはいけないんですけども、治療目的で使うことを許されるというものなんですが、サルブタモールの吸引薬に関してはそのTUE(申請)すら不要であるという。
ただ、それは不要なんですけども上限値は一応決まっていて、クリス・フルームは申請は不要なんですけども、大事を取ってサルブタモールを使っていることはドーピング検査の時に必ず伝えていたというところなんですね。ただ上限値はきまっていて、それを越えたということなのですが、実はこの上限値を越えてもサルブタモールの場合は全然(ドーピング)陽性ではないんですね。
スプリントポイントまであと5kmですね。
陽性扱いではないんですよ。あくまでもルール上では「不利な数値がでましたよ」というところが正式なものですので、まあフルームの不利な数値が出て、それがなぜ不利な数値が出たかを釈明する期間というのが許されていますから、フルーム側はようするにルールに従った形だったのですが、ある一説によるとイギリスの某メディアが、その情報をスクープで手に入れて、スクープ記事を書く準備をしていたと、それをスカイ側が察知してそのスクープ記事が出る前にチームからプレスリリースをして、UCIもリリースをしてこの混乱が始まっていると。ところらしいんですね。
永田:だから、9月中にはチームには伝えられていたらしいのですけど、明るみに出たのが12月の中旬になってから。このタイムラグがプロトンの中でも、例えばトニー・マルティンあたりが「こういったことは自転車界にはいい影響をもたらさない。不信感をまた起こしてしまうことになる」と、メディアが書く準備をしていなかったら、UCIとスカイは公にしなかったのかと…
フルーム陽性反応が発覚した直後に配信された記事。
栗村:これが難しいところで、「公にするルール(公表義務)」もないんですよ。で、僕はトニー・マルティンのあのリアクションをみて「トニー・マルティンもルールを知らないんだな」と逆に驚いて、あの後トニー・マルティンのもとにUCIから電話がかかってきて、トニー・マルティンはルールの説明をされて、その後自分のブログで「いまスカイ側が正当な状態にあることがわかった」という訂正ブログをトニー・マルティン自身が書いたのですよ。
(マルティン「フルームが特別扱いされているわけではない。でも僕は引き続き自転車レースが100%クリーンなスポーツであるべきだという提唱をしていく。」)
永田:なるほど。
栗村:結構その…「みんなルールを知らないんだな」って。トップ選手ですら。ただ比較対象としていま、例えばUAEの今回出てるディエゴ・ウリシ(UAEエミレーツ)などは、当時同じようにサルブタモールの既定値オーバーで出場停止処分をしたのですけど、その時は彼が所属していたランプレというチームが、MPCCというドーピングの倫理協会に所属していたので、基準がたくさん出てきちゃうことがもう混乱のもとなんですけど、MPCCという団体の確か自主規制で確かウリシは出場を自粛していたという話もあるんですね。
ですからそのスカイとフルームに関しては(既定値の)倍の数値が出たということはそれはもう事実なので、そこはもう「なぜ倍の数値が出てしまったのか」その証明ができなければ、ある一定の期間の謹慎処分を受けるのが筋なんだと思うのですが、で、プロトンの選手たちはみんなそれを言っているんですね。
要するに「数値が出てしまった以上は彼だけ特別はないだろう」ということを言っているのですけど、ただルールを冷静にみていくと、フルームとスカイというのはルールの上ですべてをやっていて、現状特別扱いがあったのかというと特別扱いはなくて、だからウリシたちはUCIのルールではなくて、MPCCの自主規制で彼らは確か出場を自粛してたわけですから、だからこれはもういろんな基準と…
ツアー・オブ・ジャパンがMPCCに加入したことを伝えるオフィシャルリリース。
永田:このMPCCというのが世界アンチドーピング倫理運動で、いまはワールドツアーのチームでいうと7チーム(AG2R / Bora / EF / DimensionData / FDJ / LottoSoudal / Sunweb)が加盟をしているのですけども、スカイは現在ここに加盟しておりません。もちろんフルームの暫定的な出場停止を勧告しているのですけども、スカイは所属していませんので、もちろんこれも言われたからといってこれに従わなければならないという拘束力もないですし…
栗村:ないですよね。
永田:色々とね、ちょっとややこしい状況にはなっていますが、まあフルームは別に隠していたわけじゃなくて、公にしなければいけない義務もないので、ただ上限値以上が出てしまったので、それがなぜであるかというところを釈明する権利があると、
栗村:はい。だから過去の例との整合性を取ると、こういう表現もおかしな話なのですけど、フルームたちは別にルール違反をしていないので、というかもちろん基準値を越えたのはルール違反というか疑わしい数値が出ているというグレーの状態であるで、そこがすごく難しいところなんですけど、過去の例を見ると、サルブタモールの数値がオーバーした場合は、成績の剥奪は比較的されていないんですね。
永田:はい。
栗村:だから出場停止などを自主的に行っているのが、直近のウリシなどもそうだったと思うので、ですからフルームのブエルタの成績は剥奪せずに、例えばブエルタ終了時から六ヶ月間の自主(的な)出場停止とか、まあそうするとジロは出れないのでツールから復帰とか、そうするといろんな考え方のある人たちの中間値なのかなと、いうところがありますよね。
一つだけ言いたいのが「フルームドーピングか?!」というリアクションが例えばツイッターとかでダーンと出ているんですけど、それはまず一つ違うと。
あのルールの上でおいても、倫理的においても。まあいろんな憶測がありますから、やはりサルブタモールがパフォーマンス向上の効果があるっていうのは、これはまたね一つ言われていることですけど、ただルールという中での基準で見ていくと、その数値がオーバーしているということは事実なので、これはこれに対する証明ができなければ処罰を受けるでしょうけども、まあこの辺は冷静にね、僕自身も実は全部出た直後はわかっていなかったところもあるので、冷静に見ていきたいなと思っていますね。
ななかなか出方と出るタイミングが、混乱を生む出方をしちゃいましたからね。
永田:まあですので、もちろん今年の主役候補であるフルームの動向がどうなるかを、UCIがどういう判断をするか待っている状態ですね。
さぁトレックが一人行きましたよ!
栗村:行きますねー!先頭を3分15秒差ってことは、これは完全にアタックですね!
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〜おまけ〜
ちなみに本件に関して、ランス・アームストロングが自身のポッドキャスト『STAGES』にて特集番組を配信しました。あのランスが”他人のドーピング疑惑”について語るという、カオスかつ炎上必至…かと思いきや、専門医師を交え終始真面目かつ誠実な放送が行われました。だた冒頭の、
ランス「フルームのニュースを見て、すぐフィアンセの吸入器を借りて試してみたんだ。それだけじゃ効果がわからないから、自転車にも乗ってみた。ちょっとだけ変な感じはしたが、別に何も変わらなかったよ。残念ながらね。」
最高すぎる。この人。 — Sorato (@If_So_Ara) 2017年12月21日
という発言は、各方面からランス節と絶賛されていました。
Listened to Lance Armstrong’s podcast on the Froome case and found it interesting that he wasn’t familiar with salbutamol, but the first thing he did was borrow his fiancée’s inhaler and try it before a bike ride!
— Richard Moore (@richardmoore73) 2017年12月21日
「ランス・アームストロングのフルームの件に関するポッドキャストで興味深かったのが、彼にサルブタモールの知識がなかったことだ。しかしまずフィアンセに吸入器を借りて自転車乗るとはね!」リチャード・モーラ(スポーツジャーナリスト・サイクリングポッドキャストDJ)
合わせて読んでほしい
・ジロを総合優勝したフルームを我々はどう考えればいのか?について、アメリカ人ジャーナリストが解きほぐしてくれたポッドキャスト翻訳。
・スカイのドーピングに関する議論はフルームだけはなく、2012年ツール総合優勝し現在は引退しているブラッドリー・ウィギンスに関しても表面化しています。スカイの体制に関して非常に参考になるかと思うので、合わせてどうぞ。