フルームの「シーズン途中移籍」というデマは、なぜ拡散されてしまったのか?

注目されるフルームの行方。

7月4日現在、フルーム本人やイネオス、移籍先から公式の発表は一切されておらず、つまりフルームがイネオスを離れるかすら不透明だというのがステータスだ。

だが、ツールを4度制したスター選手だけあって様々な情報が錯綜している。

6月18日、イタリアのサイトTuttobiciが「フルームが8月1日からイスラエル・スタートアップネイションに加入する可能性(3年契約)」と報道した。

それを引用する形でCyclingNewsTheTimesなど大手メディアが取り上げたことによって、一気に「フルームの年内移籍」という認識が広まった。

日本メディアはこの報道をスルーしたものの(不確定な情報も扱うメディアが一つぐらいあってもいい気がするが)、日本人ジャーナリストらが運営する個人サイトのツイッターアカウントが記事を要約ツイートしたことによって、日本ファンにも年内移籍が広まった。

しかし、6月22日にチームメイトのディラン・ファンバーレ(オランダ/28歳/ツール組)が母国メディアに対し「フルームが『イネオスに留まり、イネオスでツールに出場したい』と言っていた」と回答。

そこから一転してフルームの「イネオス年内残留」という認識にアップデートされたのだ。

イネオスがシーズン途中に放出しない理由

英ジャーナリストのリチャルド・モーラは「フルーム年内残留」の根拠を、イネオス内部の人間からの情報とソースに言及しながら、6月26日に配信されたTheCylingPodcastの中でこう説明する。

「イネオスはフルームのドキュメント番組を撮影している。昨年の落車からカムバックするシナリオだ。その映像にイネオスも僅かながら出資している

つまり、イネオスとしてはフルームにその撮影が終わるまで所属してもらわなくてはいけない。

もちろんその映像への投資を上回るほどの違約金(契約金)を、イスラエルは十分支払えるだけの資金力があることも確か(年俸は約5億円を用意しているという報道だ)だが、これが年内残留の根拠となっているのだ。

さらにモーラはフルームの今後についてこう予測する。

「フルームにツールで総合優勝するチャンスがなかったとしても、イネオスがツール前にフルームを放出するようなことはしないだろう」

「そしてあり得るシナリオとしては、ツールのメンバーに選出せずブエルタに出場させる可能性だ

ドキュメンタリーの結末として、ツール復帰ではなくグランツール(ブエルタ)での復帰総合優勝が最善のエンディングだと、イネオスは考えているのかもしれない。

フルームを阻む、移籍組への冷遇という慣習

また、イネオスがフルームをツールに出場させない理由には、自転車ロードレースにある不文律も関係している。

それは翌シーズンに移籍する選手には最終年度は冷遇するというトップチームでの慣習だ。

昨季、バーレーン・メリダ(現マクラーレン)への移籍が決まっていたマーク・カヴェンディッシュをディメンション・データ(現NTT)がツール選考から外し、またボーラ・ハンスグローエはドゥクーニンク・クイックステップと合意していたサム・ベネットを、ポイント賞2連覇が期待されていたジロではなくブエルタに出場させている。

イネオスもそのご多分に漏れず、昨年のツール出場メンバー入りをしていたケニー・エリッソンド(現トレック)を、開幕一週間前にそれまで絶不調だったジャンニ・モスコンに代えている。

つまり、来季移籍するフルームをツール総合優勝させる義理はイネオスとしてないのである。それは、たとえイネオス(スカイ)に多大な貢献をした大エースとて、同じなのかもしれない。

移籍金(違約金)という金儲け

話は逸れるが、自転車ロードレースには欧州サッカーや米国メジャーリーグのように「契約期間中に移籍先のチームが違約金を払い選手を獲得する」という慣習がない。

その理由としては単純に市場規模が小さいことや、UCIが推奨していない、またチームが短命(スポンサーが長期的な投資を行わない)であることなどが挙げられる。

しかし移籍金(違約金)での移籍が慣習化すれば、契約期間中に選手を他チームに売りたいチームが有望な選手と長期契約を結び、チームはその移籍金でで有望な若手選手を獲得し、育てる為の資金として使えるようになるのだ。

そうすれば、若手を見つけ育成し、年俸が高くなる前に他チームに放出しているドゥクーニンク・クイックステップが毎年スポンサー探しに苦労することもなくなるのだが…

ランス・アームストロングをはじめとしたEPO時代の負の遺産は、自転車ロードレースに対するネガティブなイメージの他に、こういったチーム資金が高騰しマネーゲームが繰り広げられることをUCIが嫌う原因にもなっている。