トレーニング合宿の最中に「休養」を決断・発表した理由について、デュムランはこう語った。
「自転車に乗れば、何かが変わると思っていた。自転車は好きだ。合宿に来れば(選手として)相応しい気持ちが戻ってくると思ったんだ。気持ち良く乗れるようになると思ったんだ。
自転車に乗る度、いまとは違った気持ちが訪れることを願っていた。スイッチが切り替わるようにね。だからチーム合宿に来たんだ。だから12月と1月に個人合宿も行ったんだ。
そしてチームのみんなと合宿に来てみて、やはり答えは見つからなかった。いまだ列車(練習とレースの繰り返し)にいる感覚がしたんだ。
もしかしたら2ヶ月後に同じ列車に乗っている(レース復帰している)かもしれないし、全く異なる列車かもしれない。だけどいまは、先延ばしにしていたことを考える時間が必要なんだ」
悩まされ続けたサドル痛
チームが公開したインタビュー動画で説明したデュムランだったが、休養を決断した直接的な原因についての言及はなく、あくまでも「トム・デュムランという偉大な選手というプレッシャーに耐えられなくなった」と語った。
しかし、一部メディアはその大きな要因に、2019年シーズンより苦しむサドル痛があったと推察する。
そしてその裏付けとなっているのは、ユンボ・ヴィズマのメーリン・ゼーマン監督が昨年12月に答えたインタビューにある。
隠されたツールの舞台裏
デュムランがサドル痛に悩まされ始めたのは、まだサンウェブに所属していた2019年末。*デュムランは2016年ジロをサドル痛で途中リタイアした過去もある。
「(2020年)シーズンを通して、トムは理想的なポジションを探していた。だがそれは叶わなかった。2020年はポジション修正の連続だった。適切な姿勢が見つからないと、選手は常に理想的な場所を探し求める。その摩擦が悪化させてしまったのだろう」
そしてユンボ・ヴィズマで迎えた2020年シーズン。ツール・ド・フランスに総合エースの一人として出場したデュムランは、チームメイトのワウト・ファンアールトが勝利した第7ステージの後、涙を流しながらに痛みを訴えた。
「痛みがあまりにも酷すぎる。このままでは走っていられない。(痛みを避けるため)窮屈な姿勢でないと乗っていられない。そのせいで(臀部以外の)痛みが全身まで及んでいる」
しかし、デュムランの痛みはチーム内のトップシークレットとして一切メディアに語られることはなかった。
その理由をゼーマン監督は、
「トムはその時点で総合上位にいたんだ。それはプリモシュ・ログリッチにとっても大事な存在となっていた。トム自身も、その痛みは外部に漏らさないよう求めたんだ」と語る。
サドルを変えれば良い訳じゃない
サポート体制が整うワールドチームの選手にとっても、サドルによる痛みは珍しいものではない。記憶に新しいのは、2018年ジロ・デ・イタリアで総合優勝を挙げたクリス・フルームだろう。
ジロ・ツールの連続総合優勝を狙うべくイタリアにやってきたフルームだったが、第1ステージ(個人TT)の試走中に落車。それ以後はサドル痛に悩まされ、総合タイムを大幅に失ってしまう。
しかしフルームは第19ステージに80kmの単独逃げを決め、大逆転で総合優勝を掴み取った。
そのレースでフルームのPINARELLOには、5年に渡り愛用してきたfi’zi:k Antaresではなく、ロゴが黒く塗りつぶされたSPECIALIZED Power saddleの姿が目撃されていた。そして皮肉にもパワーサドルが一躍注目を集めるキッカケとなった。
また、更に遡れば現在バイクエクルチェンジで走るベテランのキャメロン・マイヤーもサドル痛に悩まされ、2013年に原因となっていたしこりの除去手術を受け、短期間でレース復帰を果たしている。
サーヴェロからビアンキ、そして再びサーヴェロへ
「(2020年)シーズン序盤は、トムが腸内の寄生虫によって体調を崩したこともあり、その深刻さに気づくことができなかった。もちろんトムも治療期間はポジションについて考える余裕なんてなかっただろうからね」
「だがツールに向けたトレーニングに戻り、この問題が再発してしまったんだ」
もちろんチームはデュムランの痛みを取り除くべく、何度もポジション解析を行い、理想のポジション探しに尽力した。しかし、何度試しても数値上適正な姿勢とデュムラン本人の感覚との不合し、難航する。
そして、2021年シーズンを迎えたユンボ・ヴィズマは、バイクをビアンキからサーヴォロへとチェンジ。だが、それで問題が好転することはなかった。
「デュムランはサーヴォロに乗っていたサンウェブ時代からサドル痛に悩まされていたからね」
このゼーマン監督へのインタビューがオランダのWIELERFLITSに公開されたのは12月28日。そして記事は、監督の言葉を引用してこう締めている。
「ここ数週間、チームはバスクにいる専門家のジョン・イリベッリ氏を招聘し、再びデュムランにバイクの上で最適な感覚を取り戻してもらうため取り組んでいる。この問題の解決に向かっている。一歩一歩解決に近づいているよ」