お馴染みランス・アームストロングのポッドキャスト番組『STAGES』による「パリ〜ルーベ」評を、一部抜粋して翻訳しました。今回はゲストにランスの盟友にして米国屈指のクラシックレーサー、ジョージ・ヒンカピーが来ています。
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ランス・アームストロング(以下ランス):今日はパリ~ルーベに詳しいジョージ・ヒンカピーに来てもらっている。先週のフランドルで、大本命だったのにも関わらずチームの助けを得られず負けたサガンと、チームワーク抜群で終始レースを支配し勝利したクイックステップとは、全く逆の展開になった。今日のルーベでクイックステップがどういう作戦を立てていたのか知らないが、サガンが残り50kmを獣のごとく逃げ勝った。
ーークイックステップはアタックに選手を送り込み、集団をコントロールしたかったはずだ。だが、あまり上手くいかなかった。それはクラシックの連戦で疲れが溜まっていたからなのかな?
ジョージ・ヒンカピー(以下ジョージ):クラシックレーサーにとって、今は最も辛い時期だ。特にクイックステップはチーム内の競争もある。精神的にも辛い時期だろう。今日は選手の疲れは如実に見えたレースだった。なんとか作戦の実行を試みていたが、先週末(フランドル)よりボーラが機能していた。ブルグハート(ドイツ)やダニエル・オス(イタリア)が強く、集団の動きを上手く封じていた。その中でサガンがスルスルっと前に飛び出し、クイックステップにとっては絶対に封じなければいけなかったのだけど、選手たちの脚が残っていなかったのだろうね。
ーー各チームは「ヘント~ウェヴェルヘム」から「フランドル」を走ってきて、落車などでチームはボロボロだ。しかも、それをグランツールまでに建て直さなければならない。
ランス:その間にはセミ・クラシックと呼べる「E3ハーレルベーケ(ベルギー)」や「ヘント~ウェヴェルヘム(ベルギー)」という250kmのタフなレースがある。どれだけ疲れが残っているかは想像を絶するよ。だが、石畳のクラシックを走った有力な選手はルーベで一区切りだろうな。「リエージュ~バストーニュ~リエージュ(ベルギー)」もあるが、有力選手の多くはあくまでもアシストで、エースとしては走らないだろう。「アムステル・ゴールド・レース(オランダ)」もあるが、登りの多いコースレイアウトだしな。
ヒンカピー:フランドルとルーベを走り、アムステルとリエージュも走る選手はなんて僅かだろうね。たとえ走れな体力があったとしても、良い結果を残すどころか、十分なパフォーマンスすら発揮できないだろう。
ランス:今回のレビューに際して、前提として言っておきたいのが「俺はパリルーベを走ったことない。」ツールで石畳区間を走ったことはあるが、ルーベとはワケが違う。だから今回は専門家のジョージに来てもらっているわけだ。
サガンがスイス人(シルヴァン・ディリエ)とロット・スーダル(イエール・ワライス)の二人と逃げていた時に、後ろにはテルプストラが6人ほどの追走集団にいて、その更に後ろにはクイックステップの選手が3~4人いたんだ。テルプストラの集団はサガンとの差を縮めることができなかったし、上手く協調しているようには見えなかった。
ヒンカピー:あれはクイックステップ監督が指示を送るべきだった。つまり7秒後ろのチームメイトと合流して、一緒に追うべきだった。監督が現状をどれだけ正確に把握していたのか分からないし、テルプストラが単純に待ちたくなかったのかもしれない。ただ、合流すれば状況はもっと良くなっていただろう。
ランス:テルプストラは個人的に好きな選手だが、たまに指示に従わないレースがあるように見えるな。
ヒンカピー:ルーベ(14年)とフランドル(18年)を勝っているほどの選手だから、その可能性はあるよね。
ランス:第三集団にいたクイックステップの選手たちの脚が残っていなかったとしたら、テルプストラの動きも納得できるのだけどな。
ヒンカピー:ルーベの残り50kmで脚が残ってる選手の方が少ないと思うが、チームとして協力すれば違いは生み出せただろう。それを実行しなかったクイックステップのミスだよ。
ーー今回のルーベには一人のアメリカ人がいたね。そして僕たちの隣にはルーベ最高順位(2位)のアメリカ人ジョージ・ヒンカピーがいる。
ヒンカピー:テイラー・フィニー(EFエデュケーション)と共にルーベを走れたことを誇りに思っているよ。あれは現役最後の2012年だったと思うけど、何回もパンクする不運つづきのレースだった。その時フィニーは僕とアレッサンドロ・バッランの為に走っていた。常に前を走り、ポジションを取って、とても素晴らしい働きをしてくれた。それでも彼は15位に入ったんだ。だからその時「この選手は僕よりも良い結果をルーベで残してくれる」と思ったんだ。彼の脚質とも合っているしね。今日の彼は素晴らしかったよ。お金も稼げたしね。
ランス:そうなんだ!昨日ジョージの家に泊まったのだけど、朝起きたら急に「テイラーは10位以内に入る!」って宣言したんだ。俺は「そんなのありえない。100ドルかけてもありえない!」と返した。別にテイラーが嫌いなワケではない。まるで弟のように思っている。彼がフランドルやルーベで勝つために生まれてきたとさえ思っている。過去に多くの落車と怪我にも悩まされてきた選手だ。そのせいで上手くいかない期間も長かった。だが、テイラーが第二集団から落ちた時に「さぁ100ドルで何を買おうかな」と考えていた。笑
そしたら8位だろう?!なんてことをしてくれたんだ!!
ーーパリ~ルーベの石畳にはそれぞれランク付けがされていて、ジョージはその一つ一つを解説してくれたね。
ヒンカピー:パリルーベは100年もの間、基本的なコースは変わっていない。僕は17回出場して、重要なポイントも分かっている。石畳に突入する際に気をつけなければならない場所とかもね。だからパソコンで確認しなくても手に取るようにわかるんだ。
ーーこのコースを熟知して自信を持って走れるようになるまで何年かかったの?
ヒンカピー:7年だ。
ランス:7年!?そりゃかなりかかるな。
ヒンカピー:正直、いくらコースを知っていても落車や怪我する危険はあるし、緊張感は消えない。ただ7~8年走ればコースや、何が起こるかを予測できるようになる。
ランス:パリ~ルーベにはアマチュア版というかU23版もあるから、ベルギーやオランダ、フランスなど欧州の選手は、アマチュア(ジュニア)時代にこの石畳を経験している。だから、ジョージのようにアメリカなど他の国から来た選手にとっては7、8年かかるという話だろう。
ーーそれに同じコースでも風向きによって全然変わるのだろう?2016年と2017年のルーベが全く違ったように。
ヒンカピー:その通りだ。それによって戦略も変わる。コーナーを曲がった時の風向きや、自分が集団の位置によってもね。今日は基本的には向かい風だったが、コーナーを曲がったりUターンすると受ける風向きも変わる。それに選手は振り回されるんだ。
ランス:数ヶ月前に今季のツール・ド・フランスのコースプレビューした回でも触れた、パリルーベの石畳9区間がツールに組み込まれている。走行距離は6kmだっけ?
ヒンカピー:12kmだ。
ランス:石畳が12kmもあるのか?!
ーーそれは長いのかい?
ランス:ああ。俺たちが走ったツールよりも全然長い。
ヒンカピー:ほぼ倍だな。
ランス:これは10月にも話したが、キンタナのようなピュアクライマーには厳しいだろう。だが、フランドルを走ったニバリなどにとっては問題ないだろう。位置取りや自転車のコントロールも十分な対応をするだろう。
ヒンカピー:その差は大きいだろうね。ルーベは石畳が50kmあったが、走っていたのは皆スペシャリストだ。彼らですら集団の維持が難しく2~3人の小集団が多かった。だからツールの12kmは別物なんだ。
ーー今日の出場選手の中には最初からフィニッシュするつもりのない選手もいたはずだよね?
ヒンカピー:だいたい半分がそうかな。
ーーすごいな!狂ってる!
ランス:それに加え、今回は1チーム7人で挑む初めてのルーベだった。もしクイックステップに8人いたら、サガンは勝つことができただろうか?俺は無理だったと思う。7人制には反対だし、将来的に6人なんてもってのほかだ。一人減る負担は選手にとっては大きい。
ヒンカピー:最初の100kmにおける全選手のうち50%の目標は「逃げに乗る」ことだ。つまり1チーム、3~4人の仕事が「逃げること」と考えれば、一人減った意味は大きい。テレビ観ているだけだと伝わらないとけどね。
ランス:あの逃げは残り214km地点で形成された。そこには2位に入ったシルヴァン・デディエ(AG2R)がいた。彼はラスト100mの集団スプリントで2位に入ったわけではない。14人の逃げ集団が生まれ、その中で仕事をし、サガンが追いついた後も前を引き、わずかの差で負けてしまった。このレースの主役は間違いなく彼だ。
ーーみんなディリエが前に出るたびに「うぉー!!」って盛り上がっていたよね。ただ、あの動きにはポディウムにすら上がれないリスクもはらんでいた。
ヒンカピー:あの時ディリエが考えていたことは誰にもわからない。僕たちは「どうせ最後はサガンに抜かれるんだろう」と思っていたが、もしかしたら絶好調だったのかもしれないし、先頭交代することで様々なストレスを軽減していた可能性もある。明らかなのは、彼の走りが素晴らしかったということだ。
ランス:このディリエという選手はU23世界選手権をとっているんだろう?別に突然現れた選手というわけでもない。それにジョージが言ったように、駆け引きをしないことによってストレスやリスクを回避していたのかもしれない。
ヒンカピー:残り180km地点で集団後方にいたヴァンアーヴェルマート(BMC)が落車して、チームメイトのキュングが集団に引っ張り上げた。最後の力を振り絞ってね。もしかしたら脚を使わない方が結果として良かったのかもしれない。
ランス:俺たちがツールで石畳を走ったときは、タイヤ以外すべて通常の仕様だった。最近ではサスペンションを導入したりと様々な試みがなされているらしいが、現状はどうなっているんだ?
ヒンカピー:僕たちの時よりも幅の広いタイヤを使っているだろう。カーボンも衝撃吸収力は上がっている。ハンドルバーを二重にしたりね。レースを観ていて驚いたのが、数名の選手がグローブをはめていなかったんだ。僕らの時代からしたら信じられないことだよ。手が壊れてしまう。それぐらい進歩しているんだろう。
ランス:あと、ハンドルバーに設置したリモートブレーキは発明だな。石畳区間は手をハンドルバーの上に乗せておく方がいいからな。
ーーそしてヴェルドロームのフィニッシュは今回も物凄い盛り上りだった。
ヒンカピー:ああ。ディリエがサガンを引く意味がわからなかったが、ディリエを先頭にヴェルドロームに入ってきた表情には自信が伺えた。もちろんサガンの勝利を予想していたが、彼は素晴らしい勝負を繰り広げてくれた。
ランス:俺は彼についてあまり詳しくないが、トラックの経験もあるみたいだな。だが相手が悪かった。サガンはどんな状況でも力を発揮できる選手だからな。例えば5人ぐらいの集団でヴェルドロームに入っていれば、トラックの経験がある選手が圧倒的に有利だったろう。ポジション取りからスリングショット(アタック)のタイミングまでな。
ーー見かけよりもヴェルドロームの勝負は複雑なんだね。
ランス:ああ。
ヒンカピー:それに6時間走っていれば、反応も遅くなる。今日走っているのは世界最高峰の選手たちだ。それが6時間で260kmを走り、最後にヴェルドローム勝負という過酷なフィニッシュをするんだ。120マイル(193km)程度だったら大抵のプロ選手は走れてしまうが、260kmではクラシックライダーじゃないと無理なんだ。
ランス:それに経験も必要だ。30歳ぐらいのな。20~21歳のネオプロではとても無理だ。
ーーなるほど。ところで君たちが現役の時よりも選手寿命って伸びているの?
ヒンカピー:トレーニングも近代化しているし、回復の技術も上がっている。睡眠パターンの研究とかもね。それら全ては現役寿命の伸びにつながっているよ。
ランス:ちょっと待ってくれ!パリルーベがツイッターのトレンドの第3位になっているぞ!アメリカのツイッターでだぞ!?アメリカ人が一人しか出場していないのに!?これは嬉しいことだ。
ーージョージ、17回のルーベで最高と最悪の思い出を教えてくれ。
ヒンカピー:最低だったのは2001年にトム・ボーネンとヨハン・ムセウ(ルーベ96,00,02年勝者)を追っていたレースだ。それまで絶好調だったんだが、そのせいで補給と体温を保つ為にウェアを着るのを怠ったんだ。ムセウを10秒差まで追い詰めたところで脚の力が抜けたんだ。トムにペースを落とすよういったんだが、残り30km地点で身体の言うことが全くきかなくなったんだ。そしてそのまま溝にハマって泥沼に真っ逆さまさ。残り10km地点で2位争いをしていたのに、落車…。起き上がる気力すらなかった。でも、倒れて空を見上げたらヘリが俺を撮っているのが分かったんだ。その瞬間「こんなとこで寝てる場合じゃない!」ってレースに戻った。最悪だ。最悪だった。落ち込んだよ。それまで絶好調だったから尚更ね。
ランス:学んだな。
ヒンカピー:学んだよ。調子が良い日ほど身体のケアはしっかり行わなければいけない。教訓だよ。
ーー最高だったルーベは?
ヒンカピー:2位になった2005年かな。当時2歳の娘が見に来てくれていたんだ。一緒にポディウムに登って、忘れられない瞬間だよ。
ランス:その時、勝ったのは?
ヒンカピー:ボーネンだ。(フアン・アントニオ)フレチャも一緒だった。
ランス:俺が覚えているのが、ジョージが走るルーベを家で観ていて、テレビに向かって「ジョージそこはチェックだ!違う!そこはスルーだ!そうだ!」と指示を送っていた。でも我慢できなくなった俺は…ここからは君が話してくれ。
ヒンカピー:ルーベで最も緊張するアランベール(難易度5つ星)に差し掛かった時に、その日はクソ寒くて地面もぬかるんでいて、監督のヨハンが無線で指示をしてくるのだが、後ろで電話してる声が聞こえてきたんだ。
「分かったランス!伝えておくよ!」って声が。その直後にヨハンが「ジョージ!ランスがレッグウォーマーを取れって!」って言われたんだ。笑
「本気か?!あと3kmでアランベールなんだぞ?!」「家のソファで観てるランスの指示に従うのか?!」ってね。笑
ランス:その時、俺は冷たいビールを飲みながら「あのレッグウォーマーは取った方がいいんじゃねーか?」って軽い気持ちで電話をかけたんだ。ルーベのことなんか一つも知らないのにな。
ヒンカピー:たぶんアランベールの1km手前に今も落ちてるだろうね。
ランス:あれ本当に取ったのか?!
ヒンカピー:ああ。
ランス:な?俺の言った通りだろ!?
ーー馬鹿な質問だが、今日のサガンがミゼウやボーネン、君と走ったら、どうなっていたかな?
ヒンカピー:どうだろうな。今日のサガンの勝ち方は、みんなの予想と違っていた。サガンは、アルカンシェルは集団から一人で抜け出さない。そう思っていた。だが残り50kmから単独でブリッジをかけ、前にいた何人かは先頭交代もしてくれたが、基本的にはサガンの50kmタイムトライアルだった。つまりレースで一番速かったということだ。誰かの後ろについてスプリントもできるし、今日のような勝ち方もできると証明したんだ。テルプストラがフランドルでやったようにな。理想的な勝ち方だ。
ーーサガンとデディエの会話が気になるんだけど、二人はどんな会話をしていたのかな?
ヒンカピー:サガンはディリエに「協力してくれば最後までアタックしない」といったと思う。「持てる力を出してくれれば、途中で出し抜いたりはしない」ってね。
デリィエ自身ももちろん素晴らしいが、サガンのおかげでもある。サガンが来なかったらもっと早くに吸収されていただろう。勝ったのはサガンだが、力を見せたのはデリィエだ。
間違いなく今日のレースのスターはディリエだ。
ーーサガンはいま何を思ってるだろうか?
ランス:フランドルの後に、サガンは他のチームの選手を批判するようなコメント出したんだ。自分はマークされ、クイックステップに勝利を持っていかれている状況に対してだ。それを聞いたクラシック王者トム・ボーネンが、「サガンなんて誰かの後ろについてるだけで自分では何もしていないのに。」と批判した。そこでサガンは「日曜を見てやがれ」と気合が入ったんだろうな。
ヒンカピー:そろそろ締めるのなら、ここで一人のアメリカ人について話しておきたい。
ランス:ちょっとお腹がいたくなったからトイレにいってくる。
ヒンカピー:100ドルは覚えているぞ。テイラー・フィニーは世界のトップ選手たちに最後までついていったんだ。確かにチームからセップ・ヴァンマルク(EFエデュケーション)のサポートを命じられていたのだろうが、それでも8位に入った。素晴らしい走りだったし、素晴らしい復活劇だった。これからが楽しみだよ。
ーーテイラーは過去に選手生命が絶たれてもおかしくない程の怪我をしたんだよね。それに彼の親はこの世界では有名だから、プレッシャーもあっただろうし。
ヒンカピー:だからこそ世界最高の選手たちと渡り合える状態まで復活した彼の姿が…嬉しいんだ。
ランス:テイラーについては昨年のツールで話したが、俺が奴の走りを初めて見た時、走りの滑らかさに驚いたんだ。絶対こいつはフランドルで二つ、ルーベで二つ勝つと確信したものだ。それぐらいの才能を持っていたんだが、怪我をしてしまって、今日も集団から落ちた時もうダメだと思ったさ。だが結果的に8位に入った!俺の100ドルの価値がある走りだった。
ーーそろそろ締めよう。次の放送はどのレースする?
ランス:アムステル・ゴールド・レースがあるな。また同じメンツでやろうぜ。ところでジョージはアムステル走ったことあったっけ?
ヒンカピー:君と走った。それも何回か。
ランス:ホントに?!記憶にないな~。って冗談、冗談。モニュメントではないが、スプリント勝負が見られの良いレースだ。しかもタイトルスポンサーが何の会社か知っているか?ビールだ。俺たちにピッタリなレースだろう?
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