一財産を築いたアイルランドの田舎者が趣味の自転車レースに乗り出したが、儲からないと分かった途端スポンサーとケンカ、UCIやレース主催者に文句を言い放ち、メール一本で選手やスタッフを切り捨て逃げ出した。
それがいま、アクアブルースポートのオーナーリック・デラニーに対する大体のイメージとして広がっている。
4年以内のワールドツアーを目指し、スポンサー型のチーム運営に疑問を呈したプロジェクトの滑り出しは順調だった。上手くいきすぎたと言ってもいいだろう。
ツール・ド・スイスでステージ勝利、アメリカ選手権ロードを制し、創立わずか9ヶ月でグランツールの一つブエルタに出場。そこでステファン・デニフルがステージ勝利を上げた。
そして二年目はバイクを3Tに乗り換え、ロード史上初のフロントシングルというチームの名刺も手に入れた。
だが右高上がりに思えたチームには、主要レースから招待が届かなかった。それどころか、明らかに後退していた。その象徴が5月に行われたツアー・オブ・カリフォルニアだったのだろう。
チームにはラリー・ワーバス(28歳)というアメリカ選手権ロード王者がいた。キャプテン・アメリカと呼ばれたジャージを着用しながらヨーロッパを走っていたが、アクアブルースポートは招待されず、直後にデラニーはこうツイートした。
残念ながら、カリフォルニアには選ばれなかった。ラリー・ワーバスのアメリカナショナルジャージは、レース主催者にとって価値がなかったようだ。
*リック・デラニーのTwitterアカウントは現在削除されている。
その3日後、ブエルタのワイルドカードが発表されたが、スペイン籍のプロコンチームが増えたことなどもあり落選。
そしてリックは再びつぶやいた。
「ワイルドカードの選出プロセスに対し、怒りを禁じえない。基準は一体どこにあるのだ?昨年、実績の何もなかった我々はたくさんの招待を受け、実績を上げた途端に無視をされた。自転車ロードレース全体の存続を目指し巨額な資金をつぎ込み、運営方法をはじめとした新しい試みを行ってきた。その挑戦に敬意を評してほしかっただけだ。それ以上のことは求めていない。(中略)このスポーツに長い歴史があることは知っている。また、既得権益を有する限られた人たちによって支配されていることも。これが自転車ロードレースのあるべき姿なのだろうか?我々のチャンスを摘み取ることが貴方たちの正義なのか?こんのあり得ない!」
ツイートにはASO(ツール主催)、RSCスポート(ジロ主催)、UCI(国際自転車連合)、ブエルタの各公式アカウントを盛り込み、メッセージが誰に向けられているかを明らかにされていた。
モナコに居を構えた資産家がチームを始め、旧態依然としたスポンサー依存型の運営形態に、実践を持って未来のカタチを証明しようとした。
いまの自転車界のやり方ではうまくいかない、長続きしない、誰も幸せにならない、と。
「レースに勝ちたい。バイクの上でも、そしてそれ以外でも」
チーム解散に伴い、スタッフをはじめ、選手たちは多大な被害を被っている。しかし、ステファン・デニフル、コナー・ダン、 エディー・ダンバーの三選手は、現在の報道でオーナーのリック・デラニーへの非難はふさわしくないと擁護している。
つまり、チームのオーナーが今回の事態を招いたとは思っていないのだ。
昨季、ブエルタでステージ勝利を上げたステファン・デニフル(30歳/オーストリア)はこう語る。
「リック(オーナー)には今シーズン不幸が起こりすぎたと思っている。僅かな枠のワイルドカード、そして自転車のトラブル。もし僕に(リックのような)お金があり、これらの問題に直面したら、(同じように)情熱と幸福を失っていただろう」
「僕が理解している限り、チーム解散はスナイパー・サイクリングとの合併交渉の失敗と、サプライヤーとの判断によるものだ」
二ヶ月前にチームと二年の契約延長を結んだコナー・ダン(26歳/アイルランド)も同様のコメントをしている。
「リックだけを責めるのは不公平だと思う。彼はこのチームのために全力を尽くしてくれた」
「資金を費やしベストを尽くしていたのは彼だ。彼は挑戦したんだ。たしかに失敗したかもしれないが、それは何もしないより全然良いことだろう?」
「このチームでとてもよい時間を過ごすことができた。僕自身、このチームで初めてのグランツールを走ることができたし、たくさんの機会を与えてもらった。リックにはとても感謝している。ツイッター上ではリックがさも悪魔のように仕立てられているけど、それはフェアじゃない。ソファの上でコイツが悪いとあげつらうのは簡単さ。僕が言えるのはここまでだ」
アイルランド・コーク出身のエディー・ダンバー(22歳/アイルランド)も、同郷のリック・デラニーを擁護する。
「リックに対して多くが批判しているが、プロ自転車レースは厳しい。彼もここまでの苦難が待っていると思っていなかったと思うんだ。彼は毎回信じられないようなことに直面しなければならなかった。ここまでも決して簡単な道じゃなかったと思う。リックのことが好きだったと言わざるを得ない。彼は可能な限り、僕たちにまっすぐで、誠実で、常にオープンだったからね」
「チーム解散は、リックにとっても厳しい現実だろうと思う」
リック・デラニーはこの騒動以降、沈黙しており、ツイッターアカウントも閉鎖、メディアはもちろんチームスタッフも連絡が取れない状態になっている。
*8月31日にリック・デラニーは英ポッドキャストメディア「The Cycling Podcast」のインタビューに答え、現状と解散の理由を赤裸々に語った番組が配信された。
翻訳元である豪メディア「CyclingTips」は、本記事を以下のように締めた。
Cycling can be a cruel sport, not just between the start and finish lines.
(自転車ロードレースは、時として残酷なスポーツである。それは、スタートとフィニッシュラインの間に限ったことではない)