フルームとトーマスがツールに選ばれなかった理由

チームイネオスが8月19日、2020年ツール・ド・フランス(8月29日開幕)に出場する選手を発表した。そのメンバーとは以下の8名だ。

総合エース:エガン・ベルナル(コロンビア/23歳)
総合エース:リチャル・カラパス(エクアドル/27歳)
平坦アシスト(キャプテン):ルーク・ロウ(イギリス/30歳)
平坦アシスト:ディラン・ファンバーレ(オランダ/28歳)
山岳アシスト:ミハウ・クフィアトコフスキ(ポーランド/30歳)
山岳アシスト:パヴェル・シヴァコフ(ロシア/23歳)
山岳アシスト:ジョナタン・カストロビエホ(スペイン/33歳)
山岳アシスト:アンドレイ・アマドール(コスタリカ/33歳)

世界が驚いた2人の選考外

この発表で全世界に驚きを与えたのが、クリス・フルーム(35歳)とゲラント・トーマス(34歳)のメンバー漏れだろう。

フルームは直前のツール・ド・ランやクリテリウム・ドゥ・ドーフィネで不調な姿を見せており、さらに来季からはイスラエル・スタートアップネイションへの移籍が決まっていることからある程度予想はされていた。

しかし、ゲラント・トーマスまでもが外れると予想できていた人は、現地メディア含めいなかったのではないだろうか。

二人のコンディションが不十分とはいえ、過去4度ツールで総合優勝しているフルーム、そして2018年に総合優勝し2019年には2位に入っているトーマスを外す理由はどこにあったのだろうか?

チームイネオスの最高責任者であるデイブ・ブライルスフォードGMは、公式動画の中でその理由をこう説明している。

ゲラント・トーマスについて

「われわれは彼に機会を与える。ゲラントは昨年のツールで2位、一昨年には優勝している。彼には大きなチャンスが必要だ。大きなプラットフォームが必要だ。だから彼に集中できる機会を与えた。それがジロだ。ウェールズ人でジロで総合優勝した者はいないからね」

 

 

はぁ〜〜〜???

 

 

正直、この説明を聞いて「なるほど!」と納得できる人はいないはずだ。てか何か言っているようで何も言っていない。まるで小泉進次郎のポエムだ。何の説明にもなっていない。全世界にいるゲラント・トーマスのガチ勢も怒りに唇を震わせていることだろう。

しかし、しかしだ。

このブライルスフォードGMのコメントで、われわれが注目しなければならない点は、デイブが「語っていること」ではなく「何を語っていないか」にある。

それを念頭に置きながら、フルームに対するコメントを見てみよう。

「全ての人がフルームのカムバックを称賛するだろう。彼がここまで回復したのは信じられないし、強い意思がなければ不可能だった。しかし彼がトップレベルに戻ってくるまではあとほんの少し、ほんの少し時間が必要なんだ」

こっちは明快に語るんかーい!!

つまり「フルームはコンディションがトップレベルに戻っていないからツールには時期尚早」だと、はっきりと言い切っている。

フルームの現在地についてはツール・ド・ランとクリテリウム・ドゥ・ドーフィネで、エースはおろか山岳アシストの役割すら満足にこなせない姿を観た人は納得しているだろう。

特にドーフィネでボトル運びをしているフルームの姿は、なかなか胸にくるものがあった。

 

はい、フルームの落選理由はわかりました。じゃあ、ゲラント・トーマスの落選理由はなんなんだよ!なぜあんなに歯切れの悪い説明になってるんだよ!

それにはフルームが以前に語った「イネオスの選考基準」から紐解くことができる。

データ信仰のイネオスにおける選考基準

フルームは以前、イネオスがツールの総合エースを決める基準について聞かれ「チームが数字を見て決める」と即答している。

「チームはペダル1回転の情報も逃さず把握していて、その数字によって誰がエースであるか、客観的に(チームの判断によって)決められるんだ」

つまり、ゲラント・トーマスもそのペダル一踏みも逃さないデータ上で、ツールに出場するには不十分だと判断されたということだ。

実際、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネにおけるトーマスのコンディションは芳しくなかった。

それを見た解説者は口々に「ベテランならではの調整方法」と説明していたが、あのレースをガチな選考の場と考えると、ゲラント・トーマスはフルームよりもコンディションが劣っていたと言うことができる。

なにより、あのレースにおける山岳での貢献度はフルームよりも劣っていたからだ。

ちなみにトーマスは故障明けでもなく、Zwiftのアンバサダーも務めるローラー大好き。なのにあれほどまでにコンディションが上げられていない理由についてはいまのところ何の報道もない。

デイブGMが世界に与えたミスリード

ブライルスフォードGMはこの動画の冒頭で「適切なグランツールに適切なエースを選出した」と語っている。

そこから各メディアは、さもブライルスフォードGMが「三人の総合エースでグランツール全制覇を目指す」ようなメッセージを発したと思われている(ように個人的に感じている)。

しかしそれは違う、勘違いしてしまっている。

なぜなら「ゲラント・トーマスとクリス・フルームは調整不足で選考から漏れた」という前提に立って考えると、デイブGMが語る「フルームは回復に間に合わなかったから、トーマスはベルナルがいるツールよりも集中できるジロへ」は建前でしかなくなるからだ。

つまり単純に2人に脚がなかったから、ベルナルの総合優勝に貢献できないと判断したからの落選ということだ。

もう自転車ロードレース業界では古臭くて誰も使っていない言葉だが、いわゆる「マージナルゲイン」という思想でメンバーを考えた時に、現在のフルームとトーマスは、シヴァコフはもちろんアマドールにさえも劣っていたということだ。

それ故にジロで総合エースを務める予定だったカラパスが呼ばれ、ベテランとはいえ今季移籍したばかりのアマドールが入り、イギリス人にも関わらずテイオ・ゲイガンハートが落選したのだ。

 

ちなみに、前述したようにクリス・フルームは今季限りでチームを去る。そしてゲラント・トーマスは2021年末に、新生イネオス・グレナディアスとの契約が満了する。

終わり。