TVには映らない、2020年ツールの隠れたMVP

「今年のツールは奇妙な感じだった。幸運にもエースが総合優勝するツールしか体験したことなかったからね」

2015年から5年連続のツール出場となったルーク・ロウ(ウェールズ/30歳)。初出場以来、総合優勝の経験しかしていないロードキャプテンが、総合エースのエガン・ベルナル(コロンビア/23歳)が途中棄権した2020年のツール・ド・フランスを語った。

「第2休息日が終わり、エガン(ベルナル)がリタイア。チームは確かに『何か目にもの見せてやろうじゃないか』と息込んだものの…俺たちは全てをエガンに賭けていたんだ。逃げにも乗らず、個人の総合順位や山岳賞も狙わず、エガンの優勝以外は何も考えていなかった。そこから急に『逃げに乗ろう、(ステージ)勝利を狙おう』と切り替えるのは容易ではない…」

2年連続のマイヨジョーヌを目指しツールにやってきたベルナル。しかし、前哨戦であるクリテリウム・デュ・ドーフィネから抱えていた背中の痛みにより、第16ステージでレースを去ってしまう。

「個人の勝利という目標を全く持たず、すべてをエガンの為と思っていたのに、すぐに逃げを狙うなんて(難しい)。しっかりと切り替えができたチームは本当にすごいと思うよ」

しかし、第17ステージから早速リチャル・カラパス(エクアドル/27歳)が積極的に逃げに乗る。そして第18ステージでは再びカラパスと、同じく山岳でベルナルのアシストを務める予定だったミハウ・クフィアトコフスキ(ポーランド/30歳)、ジョナタン・カストロビエホ(スペイン/33歳)が逃げ、ステージ優勝をクフィアトコフスキが、カラパスは山岳賞ジャージを獲得する活躍を見せた。

誰も知らない隠れたヒーロー

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「このツール・ド・フランスで俺のヒーローはロジャー・クルーゲだ。誰からも注目されていないけどな」

2020年のツールを「過去最高に厳しいコース」だったと語るルーク・ロウ。そんな大会のMVPに選んだのは、総合優勝したタデイ・ポガチャルや惜しくも競り負けたプリモシュ・ログリッチではなく、ベテランのアシスト選手のロジャー・クルーゲ(ドイツ/33歳)だという。

「ツール・ド・フランスでロジャー・クルーゲが最も長い時間、風を受けながら走った選手だろうな。ロジャーはカレブが遅れると躊躇なくヤツを待った。彼だってタイムアウトで自分のツール・ド・フランスが終わる危険があったんだ。それなのにも関わらず…。だからロジャー・クルーゲが今大会の俺のヒーローだ」

プロ10年目を迎えたベテランのクルーゲは、192cmの長身スプリンター。2008年北京五輪のポイントレースで銀メダルを獲得すると、トラック競技を続けながら2010年にプロデビュー。スキル・シマノやIAMサイクリングで活躍後、オリカ・スコット(現バイクエクスチェンジ)からはカレブ・ユアンのリードアウトとして共にロット・スーダルに移籍した。

「登りでカレブ(ユアン)足取りは本当に重かった。彼は世界最速スプリンターの1人だが、登りに関しては酷い。通常の脚でも最下位になるほどだ」

「山岳ステージでユアンは最初の10kmから遅れていた。15km過ぎた辺りでもう数分遅れ。しかし、その側にはいつもロジャーがいたんだ。集団最後尾にはいつもその2人がいた。フィニッシュまで残り10、15kmになってようやくグルペットに追いつくような展開だ。俺はそれを見ながら『今日でカレブは終わりか』って毎日のように思っていた」

クルーゲの活躍もあり、カレブ・ユアンは第3、第11ステージで勝利を挙げ、そしてともにパリまで辿り着き、完走を果たしている。

「TVに映らないし、誰にも知られない。だが、それほどチームへの忠誠心に溢れた選手もそうはいないだろう」

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